うつ病、うつ状態

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うつ病、うつ状態について(1):うつ症状の多層性

うつ病は、意欲がでない、気分が落ち込む、眠れない、死にたくなる、などが主症状で、最近は一般の方にもよく認識されています。

うつ病・うつ状態というと単一な病気があるものと思われるかもしれませんが、実はさまざまな疾患のあつまりであると理解するほうが現時点ではよいように思われます。内因性軽症うつ病を典型的なうつ病と理解すると、それを中心としてさまざまなうつ状態が存在しています。さらには中心部のうつ病も単一性と決していえないもので、その多様性については議論されています。

この様にうつ病・うつ状態の多様性は重層性を帯びているために、混乱しやすいものと思われます。私自身は、伝統的なうつ病を中心に据えつつ、難治例や非定型例の位置づけを意識しつつ、診断、治療に当たっています。(文責 大原一幸)。

うつ病・うつ状態について(2):内因性うつ病とは

うつ病・うつ状態について(1)、で示した笠原嘉先生の図の真ん中に、内因性うつ病との記載があります。

内因性という意味は分かりにくいのでしょうが、対立語として外因性、心因性をあげれば理解しやすいとおもいます。内因性とは、外からの要因(ステロイド、インターフェロンなどの外的要因)も、ストレスなどの心的な要因(心因性)もなく、自らの内から、自然に病気になるとの意味があります。もちろん現代のうつ病にストレス要因などを考慮しないわけにはいきませんが、主には内なる要因によってうつ病になったものを、内因性うつ病といいました(従来型の診断といいます。ギリシャ・ローマ時代からの伝統もあり簡単に捨て去れるものでもありません。現代の国際的な診断基準(ICD-10、DSM-IV)では内因性うつ病などの記載はなくなっており、病因を考慮せず、症状がいくつあるかで精神疾患を診断しようとするものです)。

心療内科・精神科の医師は、患者さんとの会話の中で、患者さんの性格や生活歴、出来事、を丁寧にうかがいますが、まさに心因、外因、そして性格や家族歴などの内因を患者さんとともに気付いていくものです。うつ病・うつ症状については、特に先人が着目し、抽出されてきたものが、うつ病になりやすい性格でした。それが

  • メランコリー親和型性格 (Tellenbach)
    秩序愛、他者への過剰なまでの配慮
  • 執着気質 (下田)
    几帳面、熱中性徹底性

です。 内因性うつ病なる概念が消滅しつつあるようですが、やはり理念型としてでも内因性うつ病およびその性格論を理解しておく必要はあるように思います。(文責 大原一幸)

うつ病・うつ状態について(3):メランコリアは変化したか?

メランコリアについて

古代ギリシャ時代のヒポクラテスは病気を、超自然現象としてではなく、自然現象として説明しようと試みました。当時宇宙(コスモス)は”4”つ数字で表される四つの物質とその性質から説明されていたのですが、ヒポクラテスは人の気質についても同様に、”4”つの性質から説明しようとしました。四つの体液(血液、粘液、黒胆汁、黄胆汁)のうちの黒胆汁が優勢な人、すなわち気質あるいは体質的に沈うつな人としてメランコリーを抽出し、さらには沈うつ状態や恐怖が長く続く身体および精神の状態をヒポクラテスが病気としてしるし付けたのです。このメランコリアという言葉とその内容は、西洋世界では中世には忘れ去られていましたがルネサンス期に復活したのです。
このように、メランコリアでは気質と疾患が同一名であり、気質と疾患が綿密に結びついていたことが分かります。一昔前は、メランコリー親和型性格や執着気質などがうつ病の病前性格として、精神科の医師の間ではコンセンサスを得ていたのです。

うつ病になり易い性格は変化したか?

メランコリーという気質は、否定的に捉えられているばかりではなく、肯定的に考えられてもいました。例えば芸術はメランコリアと関係しているとされていましたし、几帳面、徹底性、熱中性、他者配慮などは日本社会では成功する性格といえたでしょう。

しかし、何時の時代からか、日本社会が少しずつ変化し、まさに他者に配慮することよりも、自己中心的思考へと社会全体が変遷しています。ここ数年のインターネットや携帯電話などの普及は現代社会そのものの構造を変化させ、心の問題においても他人との交流のありさまを変え、性格・気質に変化を与えているようです。さらに現代社会のスピード化と過剰なストレスは、ごく普通の人をうつ状態へと追いこんでおり、当然ながらうつ病・うつ状態の性格論の輪郭はぼやけることになります。
気質、うつ状態・うつ病そのものが現代では変化しているのですが、社会的な要因や気質、ストレス、生活史などを丁寧にうかがうことによって、個人個人にあった治療法を選択していくことが大切であると考えています。(文責、大原一幸)